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圧縮された5年

もうXに投稿するだけになってしまったけど(とはいっても投稿頻度は低い)、このブログの存在を思い出したので何年かぶりにブログを書いてみる。 最後にブログを書いたのはなんと2021年7月。約5年前。パンデミックの真っ只中だったのに、Cannulationのワークショップに参加したらしい。なんだか、パンデミックが始まる少し前から、その後5年くらいの記憶は、私の中でぎゅっと圧縮されている。だから5年前がだいぶ昔のことのような、つい最近のことのようでもある。不思議な時間の感覚だ。 今更この圧縮期間のことを書く必要はない気もするけれど、今にたどり着くまでにはこの期間があったからこそと思うので少し書いてみる。 私にとって、このパンデミックを挟んだ前後1年くらいは人生の中でも精神的に一番辛い時期だった。 オーストラリア、ニュージーランドと移住して何かを少しづつ積み上げていく一方で、その脇では小さな濁りだったものがじわじわと悪化していった。そして最終的には、それが体と心にはっきりとした痛みとして表れるところまでいってしまった。 まだその痛みをどうにかできると思ってた頃は、自分なりに努力もした。けれど、コロナによる外出や移動制限があったせいで物事は上手く進まなかった。結局、心身ともに蝕まれていくだけだった。医療者だからこそ、自分の状態が限界に近づいていることはどこかで感じてはいた。でも私は、元々の濁りをどうにか拭いとることに必死になるだけだった。 でも、料理をする、そして食べることが何よりも好きな私が食事を一切取れなくなった時。 どんなに運動しても夜眠れなくなった時。 そしてパニック障害が頻発するようになった時。 ようやく私は、医者の手を借りることにした。 でも、医者にかかったからといって、すぐに何かが良くなるわけではなかった。むしろ、本当にしんどかったのはその後だったかもしれない。 その話は、また次に。 ブログ村に参加中!

Cannulationワークショップ参加

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先日、Cannulation(サーフロー留置、点滴用の針の刺入)のワークショップに行ってきました。 NZでは採血や点滴針の留置にはCertificateが必要です。しかも、一気にさくっと取れるものではなく、まず採血の練習から始めます。その流れはというと 1 採血のオンライン学習 2 採血のワークショップ参加 3 採血を4回、患者の腕でやるのをアセスメントしてもらう(期限あり) 4 アセスメント結果の提出 5 採血できるようになる というものです。 それが全部終わると、サーフロー留置のステップに進めます。これも採血のコースと同じ流れですが、1のオンライン学習で基本的なサーフロー留置の仕方の他にExtravasation Management(血管外漏出時の対応)のコースも受ける必要があります。 日本では、サーフロー留置は研修医の仕事でナースはやらないという病院があります。私が新卒で入った病院もそうだったので、実はサーフロー留置についてちゃんと学んだことがなかったんですよね。なので今回のオンライン学習とワークショップ、どちらも新しい学びがあり、解剖の復習、手技の再確認もできた良い機会でした。 強風でなぎ倒され、鉢が飛んで行った花 ちなみにサーフロー留置は日本でナース3年目くらいのときに他院から転職してきた先輩に夜勤中に教わりました。 クリックお願いします! にほんブログ村

NZナースのストライキに思うこと

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NZナースのユニオンとDHB間の取り決め MECA (Multiple Employer Collective Agreement)  の交渉が決裂したため、本日6月9日の11時から19時 (戦略的な時間帯!)までDHBで働くナースがストライキを決行します。 詳しくはこちら NZNO DHB members vote to strike!  Public sector pay freeze: Nurses warming to strike action plan - union  DHBs reduce services as nurses strike today over pay and conditions 今日、モーニングシフトがある場合、定時の6時45分から勤務開始、そして11時に病棟を出る。アフターヌーンだと19時に出勤して(定時は14時半)定時の23時まで働くとのこと。モーニングシフトの場合、11時までに記録も終わらせなければならないので忙しくなりそうです。 ストライキ中の11~19時は何人かのナース(ユニオンメンバーじゃない人、働いてもいいよというメンバー等)が残って、最低限のこと(与薬、バイタルチェック等)のみ実施。トイレ介助とかはしないそう。 私は運よく?オフだったので出勤しません。災害などが起こったときのオンコールスタッフを頼まれたので了承したけど、人手が足りているということで結局それもなし。普通のオフです。 私はこのストライキには賛成も反対もしません。 政府はCOVID対策で大金を使ってしまってお金がない、なので賃上げができないのもわかる。でも、今回の交渉内容はDHBのナースへのリスペクトが感じられないからナースが怒るのもわかるし、私も満足できない。それと、Skill Mixが均等でないのが目立つので改善してもらいたい。と、DHBに対して思うことがあるから賛成寄りかなと思ったことはある。 ナースの仕事とは、患者の療養上の世話、回復を手伝うことです。ストライキ中に与薬とバイタルを取るとはいえど、具合悪い患者を置いて病棟を去るのは心が痛む。仕事への無責任さを感じる。なのでストライキを反対したい気持ちもある。 ※別にかっこつけて「ナースは私の天職!患者の命を守りたい!」とバリバリの使命感に燃えているからこう思うわけでは...

COVIDワクチン接種2回完了 - 副反応あり -

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COVIDのワクチン2回接種完了! 4月に1回目を受け、3週間あけた先日、2回目を摂取してきました。新種のワクチンなので多少の不安もあったけど、「予防接種なしでは渡航できない」ことが今後あり得るかもしれないのでさくっと行ってきました。ちなみにワクチン接種は任意です。 どちらも勤務している病院内で接種できました。接種前には軽い問診とワクチンの説明があります。 1回目は接種後10分くらいしたら頭がぼわ~っとしてきて、目の焦点が定まらない感じがありました。でも椅子に座って休んだら治まったので仕事に戻る。その日の夜に腕が痛くて、身体が重いくらいで他の症状は特になし。翌日も腕が痛いだけで特になにもありませんでした。 2回目。1回目同様、接種後に頭がぼわ~っとしてきて目の焦点が合わなくなったけど10分ほどで治まる。接種後の待機(20分)が終わるころ、お腹が痛くなってトイレに走る。その後、仕事に戻ったけど眩暈がひどくて周りに心配される。腕はやや痛いくらいで、前回よりもだいぶマシ。 その日の夕方(接種後2時間~)から頭痛、倦怠感あり。頭痛は左側(左腕に接種した)だけで、ズキズキと半端ない痛み。体温計がないので熱を測ってないけど、足がホカホカで微熱がある感じ。腕の痛みが強くなる。少し動かしただけでもズキズキして不便。パラセタモールを飲んで早めに就寝。 翌朝。身体は怠いけどなんとなく大丈夫そう。腕はもこっと腫れて、前日よりも痛い。腕をほんの少し動かしただけでもズキズキする。昼ぐらいから(接種後24時間~)頭痛が始まる。前日の痛みに近いくらいの強い頭痛だったのでパラセタモールを内服。でも、あまり効果がなくて頭痛は寝るまで続く。そして夕方くらいから身体が怠くなってきて足がホカホカ、関節もなんだか痛いし、異様に眠い。夜ご飯を食べずにパラセタモールを内服して7時頃にベッドへ行く。 翌々日の今日(接種後40時間~)。朝から頭重感。パラセタモールを内服したけど特に効果なし。腕の痛みはだいぶ治まった。接種部を押したり、腕を肩より高く上げると痛いくらい。 以上が私のCOVIDワクチン接種記録です。 周りの話を聞くと、2回目のほうが倦怠感が強いなどの反応があった人が多い印象。でも、1回目で発熱した人もいるし、2回目接種しても腕の痛み以外なんの症状もない人もるので副反応は本当に人によるのでしょう。 NZの...

Staffing 問題

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 前回の記事を先に読んだほうが今回の記事の内容がわかりやすいです。 NZの病院の病棟ナースについて 前回の記事の最後に書いた Staffing問題とは、シフトによってナースのスキルが偏っていることです。 具体的には 忙しい朝シフトで病棟所属のRNよりEN・プールナース・エージェンシーナースが多い でも、午後シフトは病棟RN、しかもシニアナースばかり、固定メンバーが多い。 朝シフトは通常のケア(清拭、シャワー、与薬等)の他に、創処置、医者の回診(つく必要はないけどよく質問される、たまに介助もあり)、ミーティング、入退院、スペシャリストとのやりとり等いろいろあるので午後シフトよりも忙しいことが断然多いです。 私の病棟では重症患者は基本的に病棟RNが受持ちます。EN、プールナース、エージェンシーナースができない処置や点滴は病棟RN、もしくはプールRNができるならが代わりにやります。 手が回らないときはEducatorに頼む。RNがENの患者の点滴をするなら、ENがRNのケアを手伝うなどチームワークで動いてはいます。が!病棟が忙しいという理由もあるけど、RNが少ないと業務がスムーズにいかず、本当に座る暇もなく午前中が終わり、昼休憩も十分に取れないことがあるのです。 注)Educatorとはナースで、自信のない手技の指導や見守りをしてくれたり、いろいろな勉強会を開催してくれる。病棟所属ではない。 私は病棟RNがEN、プールナース、エージェンシーナースができない処置や点滴を代わりにやることに不満はありません。ただ、朝シフトと午後シフトでスタッフのバランスが取れていないことが問題じゃないかと。朝シフトはケアが多いうえに手が足りなくてひーひーしているんだから、午後シフトばかりやっている病棟シニアRNがもっと朝シフトをやるべきでしょ!とここ2,3か月、私を含む何人かのRNが思っていたのです。 先週のとある朝シフト。病棟シニアRNが私ともう1人、他のRNたちは新人若手。他にプールEN、エージェンシーRN。私がインチャージ(リーダー)で、朝から目が回る忙しさ。インチャージの私はその日の午後のシフトを見て気付いた、 また 全員病棟シニアRN。 あ~~もうムリ~~怒 すぐさまマネージャーに言いに行きましたよ。 ・朝シフトは若いナース、EN、プールナースが多いのに午後シフトはシニアRN...

NZの病院の病棟ナースについて

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「NZの病院の病棟ナース」と簡単に言うけど、実は種類・所属など結構なバラエティがあります。 ナースの種類は ・RN Registered Nurse、いわゆる正看護師 ・EN  Enrolled Nurse、いわゆる准看護師 それと Charge Nurse Manager (CNM いわゆる病棟師長)。 RNは「看護業務を総体的に責任を持つ」ということに対して、ENはNursing Council of New Zealandによると Enrolled nurses practise under the direction and delegation of a registered nurse or nurse practitioner to deliver nursing care and health education across the life span to health consumers in community, residential or hospital settings. Enrolled nurses contribute to nursing assessments, care planning, implementation and evaluation of care for health consumers and/or families/whanau. The registered nurse maintains overall responsibility for the plan of care. 日本の准看護師とあまり変わらないです。 一般病棟で感じるRNとENの大きな違いは、ENは点滴静脈注射、中心静脈カテーテル(詳しくは Wikipedia へ)を扱えないくらいで、普段の看護業務に大きな違いはありません。 でも、RN全員が静脈注射、中心静脈カテーテルを扱えるかというわけではなく、RNはそれらを実施するためにCertificateの取得が必要になります。経験年数2,3年以上あるRNの多くがCertificateを持っていると思います。 次に所属について。 ナースの所属は ・病棟 ・プール   ・エージェンシー   など。 病棟所属はその病棟で働くナースです。本当に時々ですが病棟で人手が余っているときに他の病棟に助っ...

10年前のこと

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 10年ってあっという間ですね。 私は当時、都内の病院で働いてて、ちょうど感染委員会の病棟ラウンドをしているときでした。たまたま自分の病棟を見まわってて、個室の患者の部屋にいたとき、誰かが 「地震?」 と言うので、患者の点滴を見たら微かに揺れてた。まあ地震なんて珍しいことでもないし、あーくらいにしか思わなかったら、いきなり物凄い揺れが来て、患者のベッドが左右に30センチくらいずつ動く動く。「これは何!?」と思いながらベッドにしがみついていると、揺れが収まった。そして、怖くて腰が抜けてしまった薬剤師の横を走ってナースステーションに戻ると、心電図のモニターが全部床に落ちてて、棚の書類や物品もめちゃめちゃ。衝撃としか言いようのない光景。 その後、病棟内を見回ったり、片づけをして、6時くらいに帰ったような。外はもう暗かったので。 でも、帰るにも地下鉄が動いてない。「どうしようか」と話していたら運よく近所に住んでいたスタッフが自転車を貸してくれたので、池袋に住んでた同僚と二人乗りをして帰宅。途中、歩いて帰る人に「自転車いいなー」、警察に「二人乗りやめてねー」と言われたり。私は落合に住んでいたので、確か高田馬場あたりで同僚と別れて、そこから歩いて家に帰りました。 歩いている途中、公衆電話から両親の携帯と家電に電話をするけと通じず。それは地震が起きたときよりも怖くて、全身が緊張して背筋が震えて身体が冷たくなりました。コンビニに寄ろうと思ったけど、どのコンビニも食品はほぼなくなっていたことに愕然。 家に帰ると、廊下にあった冷蔵庫が動いてて部屋にれず。1人で冷蔵庫をどうにか動かして部屋に入ると、積んでいたCDが見事に崩れていたのですぐさまそれを片付けたのでした。 人生のとある1日をここまで鮮明に覚えているって日記でも書いていない限りそうないだろうし、これから何十年経っても忘れないんだろうな。そして毎年、当日のこと、その後の悲しかった気持ちが思い出されます。今日もちょっと気持ちが浮かない。 その後、私がいた個室の患者(確か90代前半)に地震のことを聞いたら「覚えているよ」と言って患者はすぐさま寝に入ったのも鮮明に覚えている。 クリックお願いします。 にほんブログ村